完全な幸福

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起きたままでも悪夢は見れる! 悪夢小説のすすめ

咲紫です。ヨーグリーナはうまいな〜

 

悪夢みたいな小説が好きです。「悪夢みたいな小説」というのは「幻想とグロテスクが入り混じっている」とか「読むとこちらが信じていたものがガタガタに崩れていく」とか「通常の倫理が全く存在していない」とかそんな感じです。

具体例はまあ散々挙げていくので嫌でもわかると思いますが、先に言っておくとこれは今敏の『パプリカ』のパレードシーンがこの世で一番好きな映像みたいな人間向けの記事です。

私はこういう小説が大好きなのでこのブログの読者にも全員読んでもらいたいですし、全員悪夢を見て欲しいです(最悪)

☆が多いほど悪夢度が高い(完全に主観です)。

 

  • 悪夢度☆1

ルイス・キャロル不思議の国のアリス

 

不思議の国のアリス (角川文庫)

不思議の国のアリス (角川文庫)

 

 まあ基本っすよね。読むならことば遊びをめちゃくちゃ頑張ってる角川訳がオススメなんですが、私はオタクなので角川つばさ文庫版で買いました……

  

 

新訳 ふしぎの国のアリス (角川つばさ文庫)

新訳 ふしぎの国のアリス (角川つばさ文庫)

 

アリスという女の子がうさぎを追いかけていたら穴に落ちてしまい、不思議の国に出てしまう……というのがあらすじなのですが、不思議の国の住人は基本的に人の話を聞かないので会話がめちゃくちゃで楽しい。あと倫理もない。

公爵夫人の赤ん坊(蒸気機関車のごとく泣き叫び暴れる)をきちんと抱っこする方法が

結び目を作るみたいに赤ん坊をねじったうえで、右耳と左足をしっかりおさえてほどけないようにしておくのです(つばさ文庫/104P)

ですからね。サイコーすぎる。

 

 

 シュヴァンクマイエルの映画もオススメです!

 

で、アリスのついでに紹介しておきたいのが、

 

梨木香歩『f植物園の巣穴』

 

 

f植物園の巣穴 (朝日文庫)

f植物園の巣穴 (朝日文庫)

 

 

みんな大好き梨木香歩ですね! これは植物園の園丁(未亡人の男性)が木のうろに落ちて異界に行くっていうアレです。和製アリス。あと多少柔らかくした芥川の『河童』

で、これには千代っていう女がめちゃくちゃよく現れます(「千代という名に縁がある」云々)川端康成かな?

千代リスト↓

・幼い頃自分を世話してくれた女(姉や)

・死んだ妻

・歯医者の女

これら全員千代です。だんだん悪夢じみてきましたね! ほかにも鯰の神主とか謎の河童とかが出てきて目がぐるぐるする。梨木の中でも幻想性がかなり高いのですが最後には心にじんわりくるいい話になります。悪夢小説とは思えなくなってきたな……ネタバレしないように言うと、人間の失われた記憶を遡る話です。「何か」を失った人間が回復していく話はいいもんだ。

 

悪夢度☆2

 

中村九郎『ロクメンダイス、』

 

ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

 

 そういえばこれも人間が何かを回復していく話だな……

恋をしなければ死んでしまう少年動揺すると過剰防衛反応が働いて、自分を動揺させた相手のことを傷つけてしまう少女の恋の話です。少年の方はともかく少女のほうは普通の人では? と思うかもしれませんがその「過剰防衛」は少女以外の人間が、少女を動揺させた人間のことを攻撃しはじめるというトンデモなアレ。無意識マインドコントロール

さらに主人公は社会に自分を適応させようとした結果心がすり減っており、大変精神が不安定なので主人公が見ている情景が現実のものなのか妄想のものなのかがわからない。叙述トリックでときどきあるやつ 

しかもわからなくても特に支障はない。

個人的に似た読み心地だな〜と思ったのは麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』、舞城王太郎好き好き大好き超愛してる。』、牧野修『MOUSE』です。今書いて思いましたがとんでもねえラインナップだ。

でもね〜めちゃくちゃセリフとか文章がエモいんですよね……

誰でもいい。ぼくに恋を教えてください。

ぼくは恋をしないと死んでしまうのです。

ぼくは学校で『恋』について学んだことがない。

誰からも教えてもらったことがない。

だからぼくは、恋を知らないのでしょう。

普通の人なら当たり前に、知っているものなのですか、ぼくに教えてください――先生?(口絵より)

エモすぎる。絶版なのが残念なところですが、手に入った暁には是非読んでもらいたいです。

 

富士見ミステリー文庫とかいうくらいだから『ロクメンダイス、』もミステリなの? と思われる方がいるかもしれませんが、センチメンタルドンチャカエンタメです。主人公の妄想世界で繰り広げられるバトルが楽しいんですよ(えっバトルあるんですかこの本)(あります)。

青春とその痛みが好きな人向け。

 

悪夢度☆3

 

佐藤哲也『妻の帝国』

 

妻の帝国 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

妻の帝国 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 

 

これまで紹介したやつはなんだかんだでちょっと可愛らしさがあったりしましたが、この辺からだんだん具合が悪くなってきます

いや、あらすじからして

「わたし」の妻は「最高指導者」である。あらゆるイデオロギーを否定し、直観による民衆独裁のみを肯定する民衆国家の構築をもくろみ、毎日大量の手紙を民衆細胞に宛てて投函していた。悪夢的な不条理世界で、奇想天外な政治劇が、残酷で饒舌な超絶技巧描写に乗って展開する。(Amazon商品紹介より)

明らかに地獄。突然民衆独裁国家の像を夢想した妻が民衆感覚により人々を誘導し帝国を建設する……っておいおい!

何においても民衆感覚(民衆独裁国家では民衆が「次に何を行うべきか」が自ずとわかる、という前提があり、その「直感」のこと)が優先される割にそれら「直感」がさすものが曖昧だったり、個別分子(民衆感覚を感じられない人々)の摘発が無限に行われたりします。こう書くとなかなか風刺っぽい話ですね……

あと妙に笑える描写がちらほらあり。

ちなみに個別分子を座らせようとする時、兵士たちは次のように言った。

「こっこっこっこっ、ざるざるざる、えっめい」

実際には一音一音を下顎に押し付けるようにして発音していた。最初の「こっこっこっこっ」は複数の個別分子を意味している。個別分子を意味する個という語が繰り返されているからだ。多くの場合、繰り返しは四回だった。なぜ四回なのかという理由については、兵士に数えられるのが四つまでだからという説明を聞いたことがある。たしかに四回を越える例を耳にしたことがない。(294P)

我ながら全然わからないところを引用してしまった……なんだそれはって感じですが、妙に好きなんですよねここの部分。ブラックユーモアとディストピアみの両立といいますか。

会話の妙なズレとかもなかなかいいです。まともな感覚を持ったキャラと、民衆細胞(民衆感覚を感じ取れる人間)とのやりとりが本当にいい。ナイスディストピア

ちなみになんでこれが☆3なのかというとまだ現実よりだからです。

 

悪夢度☆4

 

 倉橋由美子『スミヤキストQの冒険』

 

 はいきた地獄! 架空の党「スミヤキ党」の党員「Q」くんが怪しげな島の児童を党のありがたい教えに染めようとするのですが、児童にも児童を管理する人間にも本当に倫理がないので読者が信じていたものもQくんが信じていたものもバキバキに否定されていくのが本当に楽しい。常識が破壊されていくことは本当にグロテスクなんだな……というのがよくわかります。

 

「わたしを人間にあらざるものと規定することによって、人間全体を救出しようとする」

「毎日欠かさず肉を食べていたのだから、君の細胞の大半はかつてのきみではなくておきかえられている(中略)きみはきみではなくて他人なのだ」

 

ヒエ〜!!!(引用注:現在本が手元にないので正確な文章でない可能性大です、すみません)冷徹な文章と転倒した論理の組み合わせが最高。

 

悪夢度☆5

 

牧野修『楽園の知恵―あるいはヒステリーの歴史』

 

 

楽園の知恵―あるいはヒステリーの歴史 (ハヤカワ文庫JA)
 

 はい、みんな大好き牧野修ですね。同作者の『月世界小説』はまだ悪夢度は低いんですが、それでも10人の知人に読ませたらそのうちの2人が悪夢を見ていました。

『楽園の知恵』は短編集なんですが、どの話も奇想妄想幻想悪夢ですごい。

多分この画像を見てもらうのが早いんですが(これは収録作「踊るバビロン」のはじめの1P)

f:id:sakishi:20160619001012j:image

 お前……

「踊るバビロン」はこの脚注芸もすごいんですが、話の内容自体も巨大な屋敷をめぐって喋る家具と主従関係を結んでSMプレイをしたりするのでヤバイちなみに主人は家具の方です。ほかにも官能小説で世界を解体したりとか黒魔術演歌の歴史をつらつら述べる話とかどういう発想してんだお前……みたいな作品ばっかで楽しいです。これぞ悪夢。

でも牧野修初読には多分向いてないので『月世界小説』か『MOUSE』がオススメです。こっちもおもしろいよ。

 

他にも芥川龍之介『河童』とか内田百閒『冥途』とかありますが割愛。樺山三英ハムレット・シンドローム』、西尾維新『ニンギョウがニンギョウ』とかも悪夢みがあるらしいとのこと(未読です)。

 

みなさんも良き悪夢ライフを!