樺山三英『ドン・キホーテの消息』確かなものなんてないぜ。
咲紫です。今ですか? 今は花丸文庫BLACK読んでます(ダメな腐女子)
樺山三英『ドン・キホーテの消息』読みました。前々から気になってた作家だったんですがなかなか良かったです。皮肉と風刺とオマージュと。
行方不明になった妄想癖のある老人〈騎士〉とそれを追う男〈探偵〉の話が交互に繰り広げられます。始まりはちょっとミステリっぽいかも。まあミステリを期待して読むと痛い目に合うんですが。
〈騎士〉は外部から見れば妄想に取り付かれた老人です。自分のことをセルバンテスが記した小説『ドン・キホーテ』ドン・キホーテ - Wikipediaの主人公、ドン・キホーテだと思い込んでいます。そしてどこからともなく現れたお付き、サンチョ・パンサとともに現代社会の中で物語の中のように遍歴の旅に出ます。そう、妄想なのになぜか物語の中の従者がいるんですよ。この辺は本書で主に描かれているテーマと関わってくる感じ。
〈騎士〉サイド前半は割と〈騎士〉と現代社会の感覚のズレが描かれてて面白いですね。ミステリちょっと齧ってるひとなら殊能将之の『キマイラの新しい城』の城主を思い浮かべていただければ大体合ってます。というか作者インタビュー『ドン・キホーテの消息』の樺山三英さんインタビュー : 幻戯書房NEWS読んで気づいたんですが、キマイラもドン・キホーテからイメージ得てるんですね……
あとドン・キホーテ(騎士)がドン・キホーテ(量販店)に入るシーンはさすがにふざけてんのかって思いました。いや確実にふざけてるけど。現代のわれわれが真っ先に思い浮かべる「ドン・キホーテ」ってそっちだもんね……
〈探偵〉サイドは「動物専門の探偵」(紺屋長一郎ではない)の主人公が「行方不明になった叔父〈騎士〉を探してほしい」という依頼を受けるところから始まります。主人公の過去とか依頼主の女とかともいろいろあるんですがまあこの記事で述べたいのはそこじゃないんで割愛で……(最悪)
で、見てほしいのがこのシーン(序盤なので大したネタバレではない)。
「かんたんな仕掛けだったんです」とわたしは言った。「要するに、視点を変えればそれでよかった。でもこれが、言うは易し行うは難しというやつで。なかなかそうスムーズには行きません」
(中略)
「それでいったい、なにを見つけましたか?」
「通路ですよ。抜け穴と階段、そして長大な地下通路。通路の先は、敷地外の井戸まで続いていました。入り口はクローゼットの底に、念入りに隠されています。床面を仔細に調べていただければわかります」
「戦中にできた建物ですから」彼女はわたしの台詞を先取りして言った。「防空壕を兼ねた地下通路が張り巡らされているんです」
「知っていたのですか?」わたしは唖然とした。
「もちろん調べはついていました。叔父がその通路を伝って外に出た可能性は十分にあると思います」
「しかし施設の人間は、誰も気づいていませんでした」
「彼らは捜査の専門家ではありません。あなたとは違って」
わたしは瞬時カッとなり、それから赤面した。密室の解明について、得意げに話すところだったのだ。
「なぜそのことを隠していたのですか?」
「隠したつもりはありません」
「同じことでしょう」
「そうかもしれません。ただあなたには、できる限り先入観のないかたちで捜査に臨んでほしかった。事件を最初から、虚心に追ってもらいたかったのです。いまのところそれはうまく行っているように思えます」
(64〜66P)
普通、探偵というのは他の誰も知らない真実を求めてそこにたどり着く存在だと思うのですが、ここでは依頼者が既に真実を知っており、その上で探偵に調査をさせているんですね(まあこのシーンの状態だと実はまだ〈騎士〉がどこに行ったのかという謎は残っているんですが)〈探偵〉は自分が正しいと思っていた道を、自分が考えた上で、自分の意思で進んでいた、と思っていたけれど、それは「事件を先入観のないかたちで虚心に追ってもらいたい」という他人の意思が介入した「意思」だった。「自分の意思」「真実」という「確かなもの」がここで揺らいできます。
それから、上に挙げたようなミステリじみた話がだんだん社会のひずみとか集団の意志とかの話にシフトしてきます。「騎士VIII」からの展開が特に顕著ですね。「妄想」と「現実」、「正気」と「狂気」の違い、「集団の意思」の暴力性などなど。
われわれは自分のことを正気の人間だと思っていますが、正気の人間の周囲に狂人ばかりいたら異常なのは正気の人間の方なわけで。
現代社会への批判とかいろいろあるのかもしれませんが、その辺あまり深く考えなくても(いや考えなよ)こういう「今自分が信じているものが揺らぐ」小説が好きなのでよかったです。人倫とかないですからね。正直。(暴力)
ほかにも〈劇団〉とか語るべきところは多い気もしますがとりあえずこの辺で……一番好きなのは最後の「わたし」の章だったりします。伊藤計劃『ハーモニー』好きにオススメかも。
正直深く読めてない気がするので識者……読んで感想を聞かせてくれ……頼む……