佐藤哲也『ぬかるんでから』おもしろいな佐藤哲也!?
こんばんは咲紫です。
あの……めちゃくちゃブログ放置しててすみません本当……この数日間何をやってたかといえばFate/Grand Orderをやってました……
んで、佐藤哲也『ぬかるんでから』を読んだんですが、おもしろいですねこれ!?
なんでこんなビビってるのかというと同作者で既読の『妻の帝国』 は、おもしろいんですがなんというか風刺色が強いように思えてしまい「私はこの本を充分に理解しきれていないのでは……?」という感覚になってしまったというのがあり。
だけど『ぬかるんでから』を読んだら「あっ妻の帝国の風刺もただふざけてただけなんすね」というのがわかってよかったです。や、違うのかもしれないですけど少なくとも私はそう読めたんでそうだと思います(テクスト論の悪用)
たとえば本書には「とかげまいり」という短編が収録されているのですが、内容的には主人公が家を出た途端にあらゆる新興宗教の勧誘に絡まれまくるという話でゲラゲラ笑えます。
その勧誘の表現が、
老若男女取り混ぜた狂信者の一団が血相を変えて迫ってくるではないか。(50P)
とか、
そこでも似たような格好の連中がそれぞれ生贄を捕まえて、善良な市民の肩に手をかけている。左右を見ればこちらも同じでスーツに身を包んだ紳士淑女に学生諸君が、あれではまるで鳥打ち帽の集団に血を啜られているようだ。(51P)
とか。いや、「血を啜られているようだ」て。どんな勧誘だ。そのテンションで書く情景じゃないでしょ。
結構こういう語りは落ち着いてはいるんだけど普通にその情景はヤバいみたいな文章をベロベロ書く作家です。円城とかにも割と近い気もする。あっちよりずっとわかりやすいけど
まあこれは収録作の中でも風刺強めのほうですが(新興宗教だし……)キリギリスがチェーンソー持って追い掛け回してくる話とか鼻が男性器の集団に拉致される話とかかなりあからさまにふざけているのも多いです。めちゃくちゃだよもう。
あ、あと言及しておくべきこととしては主人公の親族が幻想と現実を接続する役割を担っているということですね。
それは妻であったり、父であったり、叔父であったりするんですが、彼ら彼女らは読者視点からすると「えっ……この叔父さん明らかにヤバいでしょ……」みたいな、奇怪な(幻想的な)言動を繰り広げます。
たとえば、表題作ではその役割は妻が担っています。世界が泥に覆われきってしまい、皆が貧困に喘いでいるところ、妻が謎の人物に自らの身体の一部を分け与えて皆の食料を得てくるという話です。キリストかよ!(人生で初めて言ったタイプのツッコミ)まあこういう感じで明らかに妻は人知を超えた存在に片脚つっこんでるんですが、主人公はその「身体を分け与える」行為を止めようとするんですよね。なんでかっていうと主人公にとっては妻は神でもなんでもなくて、「妻」でしかないからです。
ほかにもこういう描写はあり、たとえばさっき言及した鼻が男性器の集団に拉致される話(やな通称だ)だと
鼻は消滅していた。代わりにそこから生えていたのは、なんということか、よく発達した男性性器だったのである。(中略)
途方もなく大きいことを除けば自分の持ち物に似ていなくもなかったし、成人男性のものであれば叔父がよくぼくの目の前で振り回すので知っていた。(P160)
やだよそんな叔父は。
あと「祖父帰る」だと主人公の祖父と父が主人公にプロレスごっこ的なこと(しごき的な)を挑むシーンがあるのですが、
ふたりは奇声を上げながらぼくの周りをぐるぐると回り、しゃがんだり飛び上がったり、拳を振り上げたり逆立ちをしたり、かと思うと身を屈めて鼻が触れんばかりに顔を近づけ、ぼくの目玉を覗き込んだりと文明からかけ離れた行為に果てがなく、(P204)
やだよそんな祖父も父も。しかしこれも表現が凄まじいですね。「文明からかけ離れた行為に果てがなく」って表現普通父親の行動に対して使おうと思いませんからね……
とまあ、本書に出てくる親族たちはおよそ一般的な「親族」像とはかけ離れているし普通にヤバいのですが、主人公たちにとってはそれはただの親族なんですよね。「祖父帰る」の主人公も、祖父と父に対しての感情はただ「嫌い」ってだけですからね。いやもっと普通なんか……ない……!? 本当にただの家族に対しての感情でビビる……
おふざけ方面に関しての言及しかしませんでしたが、最後に収録されている「夏の軍隊」はめちゃくちゃ切なくて泣けます……少年の日の思い出みたいな感じの切なさがある……
散々紹介してきましたが、一つこの本に問題があるとすれば絶版だってことですね。妻の帝国とシンドロームを買おう!(そうなる)
それでは。